英国派遣でIDPへ高い関心

横浜F・マリノスユース 田島 一樹 コーチ

田島一樹ヘッドオブアナリスト兼コーチは前任のセレッソ大阪U−23コーチ時代に日本サッカー協会から英国へ派遣された。現地で客観的視点による個別化が選手の市場価値を高めると知り、横浜F・マリノスコーチに就任するとその実現へiDEP(イデップ)の導入を推進。活用しながら選手の競争力向上に力を尽くしている。

田島一樹ヘッドオブアナリスト兼コーチは前任のセレッソ大阪U−23コーチ時代に日本サッカー協会から英国へ派遣された。現地で客観的視点による個別化が選手の市場価値を高めると知り、横浜F・マリノスコーチに就任するとその実現へiDEP(イデップ)の導入を推進。活用しながら選手の競争力向上に力を尽くしている。

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客観的視点が個別化を促進

田島コーチはIDPIndividual Development Plan=個別育成プラン)の活用について関心が高いようですがセレッソ大阪のU−23コーチだった2018年に、育成で定評のあるウエストハム(イングランド1部)へ日本サッカー協会から派遣された経験が影響していますか。

そうですね。派遣されて、まずは選手の市場価値についての話に驚きました。日本で毎年、アカデミーからトップ昇格した選手が10人いたとしても、(特化した武器を持つ選手は少なく)市場価値は200万円しかならない。ヨーロッパでは5年に1人か2人しか昇格しないが、その分も他の選手たちとは違う突き抜けた個性を持っています。市場価値は40億円にもなって『どちらの方に投資利益があるんだ?』という会話が普通に交わされます。個人商業主義と言われるかもしれませんが、そもそも概念が違うんですね。日本の文化のなかでチームスポーツとなると、どうしても“和”を大切にします。それは日本の良さでもあるのでそこも残しつつ、今の時代で日本人選手を強くするにはどうしたらいいかと考えたときに、突き抜けた選手をどうやって育てていくかが大事なんじゃないかなと。その仕組みを探っていたときにイギリスでIDPと出会いました。選手一人ひとりの個性を尊重し、それぞれの長短所などに合わせて細かくアプローチする考え方を知って『ここまでやっているんだ』と驚きました。そういった経験が生きていると思います。携帯電話を1台持っていれば選手がIDPの情報を管理でき、手軽に見返せるのも利点です。今後、人口が減るなかでIDPへの取り組みが進化していくと、客観的に自身と向き合いながらより他者との違いを出せる個別化ができるのではと期待しています。

 さっそく横浜F・マリノスの下部組織ではIDPのアプリが導入されました。使用感はいかがでしょうか

一番のメリットは指導スタッフと選手たちが相互に自分たちのペースで見られることですね。これまでの紙ベースや機械ベースだと指導スタッフの時間次第になっていました。選手たちの個別のことなのに、僕たちのスケジュールに選手が合わせる形でした。それが選手たちからアクセスできるようになれば彼ら自身のペースでできます。選手たちにとって利便性が高いです。

 お互いの都合のいいときに見られるのは時間も有効に使えますね。

もちろん、手助けは我々もしなければいけませんが、彼らの育成プランなのでアプリがあることで自発的にやれることは大きいです。どうしても子どもたちは僕らが声を掛けないとやらないから(笑)。アプリがあるだけで、全然違いますね。パワーポイントの前で一緒にデータを打ち込み作成していたころは、できあがったものを印刷して紙で配るなどしていましたが、アプリであれば彼らが好きなときに入力をできて時間もたいぶ短縮されます。

データの蓄積が知的財産に

 そのほかにも利点はありますか。

簡略化でき、選手たちが自ら着手して、記録を残せることもメリットですね。ジュニア時代から最長で9年間在籍するなかで、以前ですと指導スタッフの作ったものが残っていくだけでした。紙の枚数も多く、管理がものすごく大変。アプリになれば選手たちが9年間、積み重ねてきたことが将来的にはクラブの知的財産にもなるでしょう。そして、偶発的ではない育成もできるはずです。例えば、過去に体の小さい選手が在籍していて、新たに同じタイプの選手が入団した場合、2人はよく似ているので過去の選手の取り組みについてアプリを使って検索できます。これまでですと関わった指導スタッフの経験値が頼りでしたが、アプリで情報を残せることによって遡っての共有などが可能です。クラブとして育成データは残したい情報になります。そこについて日本はヨーロッパに比べて劣っている部分だと思います。

IDPについて今後のイメージはありますか。

難しいですね(笑)。IDPを活用して育った選手が世界に出て行ったときに、『IDPのおかげで今がある』という感覚を持ってくれたら最終形だと思います。それはプロじゃなくてもいいかもしれないですね。彼らに個別化のマインドがあったことによって、ビジネスで成功したというのでもいいし、IDPを活用することによって個別化への成功体験を積み重ねた選手が将来的に『IDPがあって良かった』と言ってくれたらうれしい。IDPを使いながら自立した選手、人になってほしいです。『ずっとこういうマインドでやっていて、それが今に生きています』という選手が1人でもいればいいなと思います。

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欠かせない相互の協力

サッカー以外のスポーツの自己分析などについてお伺いします。

サッカーはチームスポーツなので遅れを取っている印象があります。正直、ほかのスポーツの方が進んでいるかもしれません。例えば、ラグビーは同じようなスポーツに見えますが各ポジションで役割は全然、違います。より専門的でポジション別、個人別でトレーニングも変わってきます。そうなってくると個別での管理が必要です。ともにイギリスで発祥したスポーツですが、トレーニング理論の差がついています。サッカーもイギリスではポジションごとのコーチやセットプレーコーチなどパート別のコーチが増えてきています。それがより細かくなっていく時代になってきていると思います。

横浜F・マリノスのユースでもパート別に取り組まれているのでしょうか。

なかなかできていませんが、1人ひとりのコーチがそういう視点を持つなど関わり方が大事ですね。限界があるからこそ、子どもたちに協力してもらわないといけませんのでイデップは大事です。選手たち自身がそういった考え方を持てるかどうか。もちろん、メンタリティや素養がある子たちなのでパーフェクトに書くと思いますが、そうじゃない子たちにも着眼点を与えてあげたいです。野球のメジャーリーグの大谷翔平選手が活用していた9×9マスで構成されるマンダラチャート(目標達成シート)も目的は同じだと思います。自己分析をして、長所と短所を出して、それをどう克服するかという作業をプラン立ててやっていく流れになります。

イデップ活用で状況分析も

 田島コーチは分析や情報収集などを行うヘッドオブアナリストも兼任されています。

正直、実働できていません(笑)。理想を言えば、個別で小学生年代から全選手にアプローチしていくところができれば、たぶん日本で初めてのクラブにはなると思います。イギリスですとインターンシステムが発達していて、アナリストを目指す大学生たちがジュニアやジュニアユース、ユースとそれぞれに学生がつきます。本職の方がリーダーについて彼らに指導するんですよね。そこでもIDPが活用され、『ファーストタッチを磨きたい』という選手がいれば、ファーストタッチに関連づけされた選手のファーストタッチだけが見られます。クラブとしては無料でインターンに頼めて、学生は職業体験ができる関係ができていてちょっと真似できないなと思いました。

 どのスポーツを見ても一流選手はすごく人間性が高い印象です。横浜F・マリノスでもそこは意識されますか。また、イデップの活用が生かせそうでしょうか。

人間性のところは重視しますね。もともと、弊クラブの選手は気立ての良い選手が多いです。前所属はセレッソ大阪で関西でしたが、アプローチの仕方は全然違います。向こうは『もうやめなさい』と止めるアプローチでしたが、こちらは『もっとやりなさい』というアプローチ。関東は和を大事にする流れがあるので、個人として目立たせるアプローチを心掛けています。『失敗してもいいんだよ』と感じですね。少し話は変わりますが、FWの話をするとパスが100本あったら『90本を俺にくれ』というタイプと周りの選手がうまくてフィニッシュのところで待っているタイプがいるとします。どちらが日々の負担が高いかというと前者ですよね。だから、あえて本数を少なくしてあげることも我々、指導者のアプローチなのかもしれません。また、強豪チームだとGKが育たない可能性もあります。どうしてかと言うと試合では仲間がうまいのであまりシュートが飛んでこず、止める機会は少なくなってしまいます。彼が自分のことだけを考えたら、いっぱいシュートを打たれるチームに行った方がいい。数をこなした方が上達します。では、それぞれの状況を考えて、機会をどう作るか、減らすかというところでイデップを使いながら分析していくのも面白いですね。

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完成像への概念が変化

 イデップの開発に携わる田島コーチですが、ご自身が育成年代のときは個人データの管理はどうされていたのでしょうか。

僕の時代は個人でという発想がなかったですし、サッカーノートに『今日は何をやれた』とか書くレベルだったと思います。IDPは個人の完成像から逆算していくので、 その完成像をどうやってイメージさせるというところが指導者の介入できる部分だと思います。完成像についての発想があるかどうかというと、当時の自分はありませんでした。今までの概念からいうと目標は○○大会で優勝などのチームのゴールで、自分の完成像をイメージするってことはしてこなかった。そういう概念を変えてもらったのはイギリスに行ったことが大きいと思います。

 相当、インパクトがあったのですね。

2008年〜13年まで日本サッカー協会で仕事をしていました。06年のワールドカップ(以下W杯)ドイツ大会でイビチャ・オシム監督になって以降、『日本人にしかできないことがある』と協会がナショナル・フットボール・フィロソフィーとしてのJapan's Way(ジャパンズウェイ)を策定しました。世界で戦うには日本人の良さである協調性やハードワークを生かして、『全員が絶え間なく関わり続けられるサッカーを目指しましょう』と。当時はそれが日本の武器で、海外チームのなかでは個人技はすごいものの、協調性がなくて勝てなくなっていくチームもいっぱいありました。ただ、だんだん時代も変わってきて、10年のW杯アフリカ大会ではスペイン、14年のブラジル大会はドイツがそれぞれ優勝して、僕の肌感覚的には海外でも日本の武器のようなサッカーができるチームが増えてきた印象でした。ライバルチームたちに献身性もついてきて、日本は『今後、本当に突き抜けていく選手が出てくるのかな』と頭打ち感があったんですよね。外国の選手たちは個別主義なので、チームワークには長けていないと思われていました。彼らは育成年代でチームのことではなく、自分のことをすごく考えている分もストロングポイントが強調されていきます。そうやって上のカテゴリーに進み、戦術意識の高い監督に揉まれたときに、今の時代は全員でサッカーをすることができないと起用されなくなってきています。

成長の鍵となる自己分析

 確かに22年のW杯カタール大会ではアフリカ圏のチームなど協調性あるとチームが多かったです。

変わってきた感じですよね。個で打開するイメージだったアフリカ圏のチームに、ヨーロッパの強豪チームの監督が行かれたりして組織立ったサッカーをするようになってきました。また、日本などのアジア圏は子どものころからヨーロッパでプレーする選手はまだまだ少ないですが、アフリカにはヨーロッパにルーツがある選手がかなりいるので他国のチームに入りやすい面があります。もともと身体能力の高い彼らがIDPのようなシステムを使い、自己分析しながら成長していきます。英語を話せるならばスペイン語やポルトガル語も習得して、チームの選択の幅が広がるようにすることを意識したりと多岐にわたります。日本ではサッカーに関してIDPを使っていますが、ヨーロッパは人生設計にも役立てていて用途が広い。例を挙げると、引退後を見据えて資格取得を目的に活用するなどライフワークにもIDPを生かしています。ウエストハムに派遣された際も『いつまでにどうしたいか。そこから逆算したときに、今は何をすべきか』など事細かに聞かれましたね。自分で自分を客観視して、自分でプランを立てて、そこに対して行動していくことはサッカー選手に限ったことではありません。

 ユースの選手たちはそういった経験をどう伝えているのでしょうか。

『ここから何人がサッカー選手になれるか』という話をしています。トップに上がれる選手は数人なので『しっかりとしたマインドがないと、人として外に送り出せないよ』と彼らには伝えて、客観的に自己分析をして大学や就職選びすることが大事です。今の時代は競争や順番をつけることを避けるケースが増えています。ですので、実は客観視や自己分析ができることで勝ち上がっていける時代かもしれません。では、我々指導者は何できるのかなとなったときに、そういった力をつけてあげられたらと思っています。

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横浜F・マリノスユース
田島 一樹 コーチ

田島一樹(たじま・かずき)1982年、石川県生まれ。筑波大卒業後、同大サッカー部ヘッドコーチなどを経て、日本サッカー協会入り。年代別代表のテクニカルスタッフを歴任し、セレッソ大阪U−18コーチに就任。トップチームコーチやU−23コーチも経験し、横浜F・マリノスでヘッドオブアナリスト兼ユースコーチを務めている。