トップ昇格を見据えて指導
2021年に横浜F・マリノスユース監督に就任されました。前所属のセレッソ大阪ではスポーツ事業部長を務められ、またアカデミーの要職も歴任しています。関西から関東へと活躍の場を移し、関西で培ってきたものを関東でどう生かされているのでしょうか。
個人を育てていくところについては、基本的に地域性やチームは関係ないと思っていますので、教え方のスタイルが変わることは全くありませんでした。当然、しっかりと横浜F・マリノス(以下弊クラブ)が目指す“アタッキングフットボール”を学ばせていただき、今までやってきたような個人をしっかり伸ばしていくというアプローチをしています。トップの方の協力も得ましてミーティングに参加し、トップのキャンプにも行かしていただきました。ケヴィン・マスカット監督にも話を聞き、それらの経験から学びを得て選手たちに落とし込んでいきます。
育成年代からクラブが目指すスタイルを統一するのは大切なのですね。
やはり我々の目的はトップに入れることなので、しっかりとスタイルを落とし込んでいく作業が大事です。その一方、まだ育成年代なので、もれがあったらいけません。各年代に必要な要素をしっかりと積み上げてきます。2人や3人から人数を増やしてグループ、そしてチームと取り組んでいきます。サッカーの原理原則的なところや個人戦術とチーム戦術を身につけさせたいです。トップ昇格を意識して指導するものの、全員が上がれるわけではないためしっかりとしたベースを作ってあげて、大学など他のチームに行っても困らないように育てたいと思っています。
ユース年代(15歳〜18歳)の育成で意識していることや強化ポイントなどはありますか。
サッカーのスタイルがチームによってあるのでそこを意識して、求められているものに対して逆算しながら積み上げていくことが非常に大事な要素です。そういったチーム戦術に加え、この年代は個人のストロングをよりしっかり伸ばし、ウイークを克服できるよう繰り返し練習する必要があります。弊クラブですと“アタッキングフットボール”を目指しているので、それと並行しながら個人へのアプローチが必要ですね。
ジュニアユースから昇格する選手のほか、セレクションやスカウトで入団される選手もいますが。
ベースとなる視点は“アタッキングフットボール”に途中からでも入っていける要素を持っているかだと思いますので、そこはしっかり見極めて獲得することが非常に大事です。
トップ登録はメッセージ
5月19日にユースから5選手がトップ登録されました。そのうち、高校2年生のMF望月耕平選手は湘南ルベット出身、MF白須健斗選手はバディー出身と他クラブから加入した選手です。彼らは“アタッキングフットボール”を表現できる要素があったということだと思いますが、メソッドはどう伝えていかれるのですか。
“アタッキングフットボール”を実現するために何が必要かを、我々スタッフ陣がしっかりと学んで、選手たちに落とし込んでいくところが非常に大事です。外から獲得した選手も3年間で積み上げられるようにしてあげたいと思っています。望月と白須に関してはここまでの期間で頑張った成果でしょう。また、特徴を持っていないと後からグループに入るのは難しい。望月はU−17日本代表にも選ばれ、アジアカップで日本の優勝に貢献しました。彼は非常に技術が高く、前のポジションだったらユーティリティー性があります。白須はアジリティがあって、ドリブルが得意。そういった独自の特徴を持った選手たちが弊クラブのフットボールを学んでいくと面白いですね。
また、どういった判断で今回の5人がトップ登録されたのでしょうか。
現時点で彼らが本当に活躍できるかというとまだまだですが、クラブの戦略としてのメッセージになります。トップの方から求められているポジションとの兼ね合いもありますが、我々の目的は17歳、18歳でプロ契約して活躍するような選手を育てたいですね。そういったチャンスがあるというのは、ほかの選手たちにもいい刺激になったと思います。みんながそこを目標にして、頑張ってくれるとうれしいです。
成長を促す客観的視点
優秀な選手が多くいるなかでトップ昇格する選手の見極めについて教えてください。
トップから求められているものがあるので、選手たちがその水準を満たせるように我々は努力しています。ただ、技術が高ければいいのかというとなかなか難しいですし、人間性やフィジカルも必要です。一番の目標は当然ながらストレートでユースからトップに上がっていくこと。もちろん、大学4年間を経てプロになる選手もいます。『僕はユースを出たらプロに行きたい』『自分は大学で少し頑張りたい』などそれぞれ目標が違いますので、計画性を持って選手とともにアプローチしていければと考えています。
大熊監督は2010年から育成畑で仕事をされています。指導するにあたってポイントなどはあるのでしょうか。
クラブで求められているスタイルが大前提にあって、それをやりながら個人それぞれをどう伸ばすかというのは非常に大事にしてきました。また、サッカーの面もそうですし、 メンタル的なところも絶対的に必要な要素になります。いろいろな選択肢をうまく持たせてあげたいし、そういった見方もしてほしいです。客観視も大事で自己分析ができる子はグラウンドのパフォーマンスが変化しますよね。
1週間のトレーニング内容を教えてください。
日によってやるものは決まっていてそこにアプローチしていき、求められているものがあるので積み残しがあればやります。あとは個人のトレーニングができるような時間を作って、試合日が近づくとゲーム形式を入れていきます。昔よりも公式戦の数が多くなり、高円宮杯JFA U−18サッカープレミアリーグやクラブユース選手権があって、選手たちに出場時間を担保できるのはいいですね。真剣勝負がたくさんあっていい環境だなと思っています。ゲームで出た課題を、また次に取り組んでいけるサイクルが生まれ、求めているスタイルを繰り返しやることもできます。選手たちが日ごろから伸ばそうと取り組んでいる長所を出して、短所は改善できたかなど書き換えていけるのはいいですね。
武器を磨いて世界のトップへ
ユース年代で一番、身につけてほしいことはありますか。
ユース年代はトップとほとんど変わりません。トップで求められているものを、ある程度は網羅した上で送り出してあげなきゃいけない。違いとしたらスピードや判断の速さ、フィジカルのコンタクトがあります。メンタル面でいうと観客の前でプレーするのはプレッシャーもすごいので、そこも踏まえたいです。3万人、4万人の前でプレーする状況はなかなか作り出せませんが、しっかり準備はしていこうと配慮しています。
日本のユース年代はレベルが上がっている印象です。U−17日本代表がアシアカップも優勝するなど底上げができていますか。
僕自身もU−18日本代表コーチや日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフで日本代表に携わっていた時期もあったので、そこから見ていくと技術的にアベレージがすごく上がったと思っています。日ごろのアカデミーなどの指導者たちの成果ですね。『世界トップに行くためにどうしたらいいのだろう』と指導者の方々は苦労しながらやっています。プロになって世界に出ていくような選手は、あらためて見ると何かしらの武器を持っている選手が多い。そういったものを身につけさせてあげたいという思いは当然あります。できないことがあると日本代表には選ばれません。我々のような指導者が育成年代でどうアプローチできるかは非常に大事になります。
イデップの活用で効率上昇
指導するにあたってイデップを使用感などはいかがですか。
育成の現場では選手個人個人を管理するというのが非常に大事です。選手は10人いたら10人十色。それをしっかりと把握した上で、選手に合ったアプローチをしていくことが重要となります。イデップは選手といろいろと会話をしながら書き換えていけるし、お互いが客観視できて、さらに主体的に考えるようになるので作業効率も上がります。また今後、例えば現所属選手のAくんと過去所属したBくんが同じようなタイプの選手だった場合、蓄積されたデータを参考に長短所へのアプローチがしやすくなるのかなと思います。
イデップがない時代はどうされていたのでしょうか。
以前はパワーポイントを使って作成した紙ベースで選手情報を管理していましたが、どんどん増えていってものすごい量になっちゃって…。そうなるとなかなか選手と共有するのは難しかったですね。また、選手を呼んで『今はこうだったぞ』と立ち話をしたり、映像を見せて説明はしていました。個人的なメニューも作れませんでしたが、イデップの導入で個人について掘り下げながらフィードバックできます。それを空いた時間に携帯電話などですぐに見られて非常に便利です。
今も生きる恩師の教え
大熊監督個人のことも触れさせていただきますが、埼玉の名門・武南高校出身です。クラブユースとは環境が違う高校サッカーを経験し、その良さもあると思います。また、指揮官の大山照人監督は武南高校サッカー部を一から作って日本一にも導き、その名を全国区にした名将です。
教育的な観点から見ると、大山監督やコーチは教師ですので教育者。サッカー以前に『人としてどうなんだ』というところから指導していただいて非常にありがたかったですね。人として、いい悪いというのをしっかりと教わりました。そういった大事なところは現在の指導で生きています。懐かしい思い出になりますが武南高校のグラウンドはピッチの半面くらいしかなく、それでも部員は150人ぐらいいました。交代で練習するのですが、順番待ちの間はたくさんの部員がボール拾いだったので目が行き届いて絶対にボールがなくならない(笑)。サッカーはあのころには珍しいボールを大事にするスタイルで、個人技が上達しました。振り返ると当時ではモダンなサッカーでしたね。
大山監督からは人間性の大切さを教わったと思いますが、プロも一流の選手ほど人間性がありますよね。経験を踏まえて、どう指導されているでしょうか。
小さいことになりますが周りを見ながら気を遣えるかが大事です。用具の片付けなどでは気配りや配慮は必要になります。技術的なことはすごくフォーカスされやすいし、しやすいんですよね。だからこそ、メンタル的なところも一緒に話をしてあげることは非常に大事。弊クラブのアカデミー出身でトップチームのキャプテンの喜田拓也選手はお手本で、いい例が近くにいるので選手に伝えやすいです。
兄とタッグで学んだ連携力
出身の埼玉県はサッカー王国と言われています。そのなかでもとりわけサッカーどころの浦和育ちですよね。サッカーに目覚めたきっかけを教えてください。
小学校4年生のときに地元の小学校でサッカーチームができ、そのタイミングで始めました。もともと、サッカーが盛んな土地ですし、高校サッカーへの憧れも強かった。大宮公園サッカー場(現NACK5スタジアム大宮)へよく試合を見に行き、プレーする選手を見て『ああなりたいな』と憧れていました。
大熊監督の兄・清氏(現清水エスパルスゼネラルマネジャー)はFC東京や大宮アルディージャといったプロチームのほか、U−20日本代表監督や日本代表コーチなどを務めました。兄弟で指導者として活躍されているというのは非常に稀なケースではないでしょうか。
畑が違うと言えば違うかな。兄はトップの指導者が非常に多いし、自分もトップはありましたがアカデミーの方が長い。トップとなったらマネージメント能力が求められます。自分には欠けている部分ですので尊敬しています。兄とは選手たちへのアプローチの仕方をよく話しましたね。戦略を持って、例えば海外に行かせた方がいい選手やトップにはどういった選手を昇格させようかなど。そういう風にトップとコミュニケーションをとって情報を共有する経験は今に役立っています。そのころはU−23というカテゴリー(2016年から20年まで、若手育成の場としてトップの23歳以下の選手がJ3に参戦する制度)があり、アカデミダイレクターとU−23監督を兼務していました。そういった試合環境をうまく使いながら、兄と一緒に若手を育てていけたのは非常によかったです。現状のJリーグはU−23やサテライトリーグがなくなって試合出場の機会が減り、若手の育成は各チームの課題になっています。そこが改善されれば若手がより伸びて、日本全体のレベルアップにもつながるでしょう。